
はじめに:前回の続き、というか、行き着いた先の話
前回、「課題の分離」という考え方を紹介した。人間関係の悩みの多くは、自分の課題と相手の課題を混同することから生まれる、という話だった。
正直、こんなにたくさんの人に読んでもらえるとは思っていなかった。おかげさまで、いろいろな感想もいただいた。
私は、出会った「シゴデキ」な人たちの教えを、ただ紹介しただけだ。それがこの生きづらい現代を闘う皆さんのお役に、少しでも立てたのだとしたら、これほど嬉しいことはない。
そして感想の中に、こんな声があった。
「頭では分かるけど、結局、相手にイライラする気持ち自体はどうしたらいいの?」
これ、すごく大事な問いだと思う。
課題を分離しても、感情はすぐには消えない。むしろ、「分離した後、自分はどう在ればいいのか」というところで、また悩む人は多い。
そんな時に、もう一人の「すごい人」に教えてもらった考え方がある。今回はその話をしたい。
そして記事の最後には、この考え方をもっと深く理解したい人におすすめの本も紹介する。興味がわいた人は、あわせてチェックしてみてほしい。(今回の本も、すごくおすすめです。)
【SNSでも情報発信中!】「知っているとちょっと日々の楽しみが増える」ようなグルメ情報から、毎日を充実させるコラムまで、バラエティ豊かに発信しています!きっとあなたを心地よく刺激する情報が見つかるはず!ぜひフォローおねがいします。
この記事でいう「たった一つの自由」について、先に断っておきたいこと
これから紹介する考え方は、突き詰めると「他人を変えることを、完全に諦める」という話になる。
一見、ストイックで厳しい話に聞こえるかもしれない。でも実際は逆だ。
私はこの考え方を、勝手に「たった一つの自由」と呼んでいる。他人に期待して、裏切られて、傷つく——そんな消耗から、自分を解放してくれる自由のことだ。
これは「我慢しろ」でも「自分が悪いと思え」でもない。「自分がコントロールできることだけに集中する」という、精神的な身の軽さの話なのだ。
なぜ「他人を変えよう」とすると、消耗するのか

多くの職場のストレスは、実は構造がシンプルだ。「相手に、自分の思う通りに動いてほしい」という気持ちが根っこにある。
部下に、もっと積極的に動いてほしい。クライアントに、もっと納得してほしい。同僚に、もっと協力的であってほしい。
そのために私たちは、説得したり、根気強く説明したり、時には強めに指摘したりする。
でも、これらは全部「外的コントロール」だ。そして外的コントロールには、今の時代ならではの大きなリスクがある。
コンプライアンスの基準は年々厳しくなり、ハラスメントの定義もどんどん広がっている。「相手のためを思って」踏み込んだ指導のつもりが、気づけばハラスメント案件になっている——そんな話は、もう珍しくない。
つまり今、「他人を変えようとする」という選択肢そのものが、割に合わないギャンブルになりつつある。
アメリカ発、「選択理論心理学」というシンプルな答え
こうした行き詰まりに、驚くほどシンプルな答えを出しているのが、精神科医ウィリアム・グラッサーが提唱した「選択理論心理学」だ。
核となる前提はこうだ。
「人の行動は、すべて内側から湧き出る欲求を満たすための選択である。他人がそれを直接コントロールすることはできない」
つまり、どれだけ怒っても、褒めても、脅しても、罰しても、それは一時しのぎに過ぎず、相手の行動を根本から変えることはできない、という前提に立つ。
そして、グラッサーはこう続ける。私たちが直接コントロールできるのは、自分の「行動」と「思考」だけだ、と。
たとえるなら、車の前輪と後輪

これは、車にたとえるとわかりやすい。
グラッサーは、人の行動を「行動」「思考」「感情」「生理反応」の4つがセットになった「全行動」として説明する。このうち「行動」と「思考」は、車でいえば前輪にあたる。自分の意思でハンドルを切れる部分だ。
一方「感情」と「生理反応」は後輪にあたる。前輪がどちらを向くかによって、後からついてくるだけで、直接動かすことはできない。
つまり、「イライラしない自分になろう」と感情に直接働きかけても、うまくいかない。先に変えられるのは、自分の行動や、物事の捉え方の方だ。感情は、その結果として、後からついてくる。
「7つの致命的な習慣」を手放す

もう一つ、実践的な指針がある。グラッサーは、人間関係を壊す関わり方として「批判する・責める・文句を言う・ガミガミ言う・脅す・罰する・褒美で釣る」という7つの習慣を挙げ、これを手放すべきだとした。
代わりに勧められるのが、「支える・励ます・傾聴する・受け入れる・信頼する・尊重する・意見の違いを交渉する」という7つの習慣だ。
前者は、相手を動かそうとする関わり方。後者は、相手が自分で動きたくなる関わり方。この違いは大きい。
ケーススタディ:手強いクライアントと、Mさんの教え

概念だけだとイメージが湧きにくいと思うので、私が実際に経験した話をしたい。
以前、あるクライアントの担当についたときのことだ。仮にSさんとしておく。Sさんはとにかく要求が細かく、一度OKを出した企画にも、後から「やっぱりこうしてほしい」と何度も方向転換を求めてくる人だった。
私は毎回、Sさんを”納得させよう”としていた。
資料を作り込み、根拠を並べ、論理的に説明すれば、いつか分かってもらえるはずだと思っていた。
でも、うまくいかない。むしろ、説明すればするほど、Sさんは意固地になっていくように感じた。
そんな時、頭に浮かんだのが、社内では“とある通称”とともに知られている、先輩プランナーのMさんだった。
Mさんは、どんな難物クライアントとも、いつのまにか良好な関係を築いてしまう人として有名だった。ものすごくおっとりした、柔らかい雰囲気の人で、バリバリ交渉したり、ガンガンタスクを巻き取って進めたりのような、いわゆる武闘派タイプではない。かといって、知略に長けていたり、アイデアが無限に湧き出たりといった、頭脳派とも少し違う。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
失礼ながら私にはただのモンスターにしか見えなかった難物クライアントたちが、Mさんにだけは(これも少し失礼な言い方だが)「なついている」ように見えるのだ。だから社内では、Mさんはひそかに「モンスター使い」と呼ばれていた。
そのMさんに、私は愚痴のように相談したことがある。
「Sさん、何度説明しても分かってくれないんです。もう疲れました」
Mさんは、少しだけ考えた後、こう聞き返してきた。
「その”分かってもらう”って、riho(私)が、Sさんの頭の中を変えようとしてるってことだよね?」
その通りだった。私は、Sさんの考え方そのものを、自分の力で変えようとしていたのだ。
Mさんは続けた。
「Sさんが納得するかどうかは、Sさんの選択。riho がコントロールできることじゃない。riho がコントロールできるのは、どんな情報を渡すか、どんな聞き方をするか、どんな態度でその場にいるか。そこだけだよ」
これが、まさに「前輪と後輪」の話だった。私はSさんの後輪——納得感や、前向きな感情、安心——に、直接アプローチしていたのだ。
でも、それは違う。アプローチすべきは、Sさんが前輪(思考)をそう動かしている理由を知ることだった。なぜ、Sさんは何度もプランを変えたいと言うのか。なぜ、Sさんはそう考えるのか。
Mさんはさらに、こう付け加えた。
「あと、根拠を並べて説得するのって、下手すると”批判”や”ガミガミ”に近くなるよ。それより、Sさんが何を大事にしていて、何が不安なのかを、もっと聞いてみたら?」
これは「7つの身につけたい習慣」でいう、傾聴と尊重だった。私はそれまで、Sさんを”説得する対象”としてしか見ていなかった。
この話を聞いて、ハッとした。今まで私は、そもそも動かせるはずのないSさんの内側(後輪)を、力づくで動かそうとしていたのだ。
その結果、うまくいかなくて、イライラしたり疲れたりしていた。今考えれば、当たり前のことだった。
私はSさんへのアプローチを、イチから考え直した。
私が変えられるのは、自分の前輪——行動と思考——だけ。その前提で、Sさんにどんなアプローチができるだろう。
次にSさんと話すとき、私は説明する前に、まずこう聞いてみた。
「今回、方向性を変えたいと思われた背景、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
Sさんは少し驚いた様子だったが、ぽつぽつと、組織内で受けているプレッシャーや、上層部からの細かい指摘のことを話し始めた。Sさんの”わがまま”に見えていた行動の裏には、Sさん自身が抱えていた別のプレッシャーがあった。
そこから、私はSさんを”説得する”のをやめた。代わりに、Sさんが安心して判断できる材料を、選択肢の形で渡すようにした。
相手を変えようとするのをやめたら、不思議なほど関係がラクになった。Sさんからの急な方向転換も減っていき、今では、プロジェクトが始まる前の段階から、率直に相談してもらえる関係になっている。
そして、しばらく経ってから気づいたことがある。
私が変えたのは、自分の前輪——行動と思考——だけだったはずなのに、いつの間にか、自分の後輪も変わっていた。あれだけ感じていたイライラや疲れは、もう跡形もなく消えていたのだ。
今では、仕事の話の前後に、つい関係のない雑談を挟んでしまうほどの間柄になった。あれほど疲れる相手だったSさんが、今ではちょっとした“癒し枠”とすら言える存在になっている。以前では本当に考えられなかったことが、Sさんに会いに行くのが楽しみなのだ。
他の場面での応用
このエピソードは一例だが、同じ視点は様々な場面に応用できる。
部下に対して「言うことを聞かせよう」とする代わりに、「自分がどんな環境・情報・関わり方を用意できるか」に意識を向けるだけで、余計な消耗が減る。
会議で意見が対立したときも、「相手の考えを変えさせよう」とするのではなく、「意見の違いを交渉する」という7つ目の習慣を思い出すと、話し合いの温度が下がる。
よくある反論とその答え
「それって、相手に何も言わない、事なかれ主義になるだけでは?」という反論もあるだろう。
でも、Sさんのエピソードを思い出してほしい。私は何も言わなくなったわけではない。 むしろ、以前より率直な会話が増えた。変わったのは、「他人を変えようとする関わり方」から、「自分がコントロールできる関わり方」に、エネルギーの使い先を変えただけだ。
また、「自分だけ変わって、相手が変わらなかったら意味がないのでは」という声もあるかもしれない。しかし、選択理論の面白いところは、外的コントロールをやめて、こちらの関わり方が変わると、結果として相手の行動も自然に変わっていくケースが多い、という点にある。他人を変えることを目的にしなくなった瞬間、皮肉にも、関係性そのものが変わり始めるのだ。
おわりに:手放すことは、諦めることじゃない

「他人はコントロールできない」という前提を受け入れることは、一見、何かを諦めるように聞こえるかもしれない。
でも実際は逆だ。「他人に過度な期待をせず、思い通りにならないことに腹を立てない」という、精神的な身の軽さを手に入れることだと思う。
そしてこれは、単なる人間関係の改善術や、コンプライアンス時代の自己防衛術という以上の話なのかもしれない、と最近思うようになった。
そもそもストレスを発生させない。 そんな生き方ができたら、この大ストレス時代を、もっと身軽に、もっと軽やかに、もっとしなやかに生きていけるんじゃないだろうか。
コンプライアンスもハラスメントの基準も、これからも厳しくなり続けるだろう。そんな時代だからこそ、「自分がコントロールできる範囲だけに、静かにエネルギーを注ぐ」という選択理論の考え方は、これからのビジネスパーソンにとって、ストレスから身を守るための、最強の生き方の一つになると思う。
※本記事の内容は実体験・見聞をベースに構成していますが、登場人物、具体的な状況等は、プライバシー保護と読みやすさのため、フィクションを交えて再構成しています。実在の人物・団体とは関係ありません。
『グラッサー博士の選択理論』
(ウイリアム・グラッサー著 / アチーブメント出版)
選択理論心理学のバイブルとも呼ばれる一冊。実践的で、納得の連続。事例がたくさん出てくるので、分かりやすいし、飽きずに読み進められるのもありがたい。正直、翻訳は少し分かりにくいところもあるのだが、、、読み進めるうちにだんだん慣れてくる。(笑)
▶AMAZONでの購入はこちらから

「シゴデキたちの教科書」Vol.3に続く。 次回は、また別の「すごい人」から聞き取った、仕事と人間関係がラクになる考え方を紹介する予定です。


